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【レビュー】常軌を逸した介護小説「臣女」:吉村萬壱

吉村萬壱のデビュー作『クチュクチュバーン』は、短編集ながら肉体的にも精神的にもキツい破壊と絶望の描写がこれでもかと詰め込まれた作品集。グロテスクな描写や生理的嫌悪を催す描写の隙間に、絶望を前にした人間が明らかなデマに踊らされて死を早めたりする様や、醜く生き残ろうとする様子がこれでもかと詰め込まれており、端から端まで地獄絵図といった内容である。作者が元学校教諭だったのも当時物議を醸した。私はこの本であまりの凄惨さに参りつつも、作者の新作を恐る恐る調べては読んだり読んでいなかったりする。

臣女は、その吉村萬壱が 2014 年に出した小説。これまでの作品はやや SF 寄りなものが多かったが、これは現代社会に沿った世界観となっている。

体が巨大化してしまう奇病を患った妻を介護する夫の物語という筋書きだが、この小説も過去の著作に劣らず描写がエグい。妻の奈緒美は 5m ほどまでに巨大化するのだが、当然ドラえもんがビッグライトで大きくしたような綺麗な巨大化ではなく、不自然な膨張のため体は左右非対称になって肉がぱっくりと割れ、骨は異様に変形を続け、不衛生な環境のためか巨大ダニや新種の寄生虫が体皮を覆い、強烈な動物臭と糞尿の臭いを漂わせている。

食事の世話、排泄物の処理、体の清掃など様子が描写されるが、本当に凄絶である。排泄物の処理のために風呂場は下水処理場と化し、清潔な状態が保てないためゴキブリを始めとする虫が生活空間に当然のように同居し、職場では異様な臭いを放っていることを指摘されて収入の維持も危うくなり、そんな中貯金も底をつき始める。また、睡眠時間も取れず寝る場所も粗末になり、主人公は自分自身の健康を保つことすら難しくなっていく。

ただ、この小説がすごいのはそのような介護のディテールだけではない。奈緒美が稀に見せる愛らしさであったり、奇跡的に得られた得られた束の間の普通の夫婦のように過ごすわずかな時間など、異様な状況下でのが描かれる。主人公の思考が、この終わらない戦いに「いつ降参しようか」という思考から、最後まで面倒を見ようという覚悟に変化する過程が恐ろしく見事に描かれている。他人からは理解し難い狂気としか思えない行動が、主人公の心情から見ると至って正常な行動になっており、感動とも恐怖とも言い難い複雑な読後感がある。

1ページ目から始まるハードな描写に屈せず、最後まで読んで是非この感覚を味わって欲しい。